うちのロカボ。

産後半年で-13㎏の減量に成功したアラサー2児の母の低糖質ダイエットブログ。

私の心が狭いのか第2談「実母へのイライラが止まらない」

こんにちは。yukkoです。

以前『実母が遊びにくるというのだが、とても迷惑に感じる私は心が狭いのだろうか』という記事を書きました。

uchikuma.hatenablog.com


あれから母が遊びに来る日を目前に控え、憂鬱な気分が止まらない私は、
なぜこんなにも実母にイライラしてしまうのか不思議になってきています。

 

妊娠中のホルモンバランスの乱れかと思っていましたが、
元々怒りの沸点が低い私がイライラするのは実母にだけ。

 

娘がどれだけ悪戯しようが、2歳児のイヤイヤがはじまろうが、
夫がどれだけ家を汚そうが、ぐーたらしてようが、
まったくイラっとしません。


それとは逆に、実母からのメール1通1通、言葉の端々に妙にイラっとしてしまうのです。

 

こんな自分が最近嫌でたまりません。
なぜ自分の母親なのにこんなにイライラしてしまうのか、
もっと大事にしてあげなければならない存在なのに、親切になれないのか。

思い起こせば実母とは気が合わないことが小さい頃からよくありました。

 

泣いている私の姿を見て「悲劇のヒロイン」呼ばわりされた悪夢

小・中と親の仕事の関係で引っ越しが多かったわが家。

だいたいの学校ではうまく立ち回ることができたのですが、
一度、東京から京都へ引っ越した時、
方言や過ごしてきた環境が違い過ぎて周りに全くなじめず、ちょっとしたいじめを受けていました。

強がりな私は普通に日常を過ごしていたのですが、
どうしても耐えられななった時は、部屋の窓から空をみて泣くのが定番でした。

ある日、ベランダで洗濯物をしていた母にその姿を見られてしまい、
夕飯時に泣いてたことを質問されました。

「べつに…。」

いじめられていることについて話したくなかったので、そこで会話を終えようとした私に対し、母が言った一言は衝撃でした。

 

「なんか、悲劇のヒロインみたいだったよ!笑」

 

今思えば、盛り上げようと、笑い話にしようとしてくれたのかもしれません。
無神経すぎる母の一言に、私はとても恥ずかしくなって、消えてしまいたかった気持ちを未だに忘れることができません。

 

話すのも嫌になり、実家を出た社会人1年目

大学は実家から近かったこともあり、実家通いをしていましたが、
社会人になり、お金が溜まったら1人暮らしをしようと思っていました。

が、いざ社会人になると、なにかしらお金を使うことがおおく、なかなか貯金ができず。

それでも毎日が初めてだらけ、先輩・上司に社会のことを教えてもらうのがとにかく楽しく、
毎日毎晩遅くまで仕事&飲み会などの付き合いをこなして、
家に帰るのは日をまたぐギリギリな日もありました。

 

ここで、1人暮らしならそのままベッドにバタンキューできるのですが、
実家だとそうはいきません。

 

こそっと物音を立てないように家の中に入っても

「こんな遅くまで何してたの?!」
と関所に引っかかり、厳しい尋問にあいます。

 

「仕事だよ。疲れているから、もう寝る」

 

心配してくれているものわかっているけれど、
毎日毎日同じやり取りをするのがとてもしんどい。

 

そして地味にいやだったのが、
ご飯がいるかどうか、何時に帰るのか、朝何時に起きるのかなどの質問メールが仕事中何通も届くこと。

 

そしてたまに早く帰り実家で食事をするときに
連日の外食で食欲がない私を無視して、
「いっぱい栄養つけなきゃ」と用意された食べきれないほどのご飯たち。

 

母がよかれと思ってやっていることが、
徐々に私を追い込んでいき、
とうとう母がいる家に帰りたくなくなった私は、勝手に物件を決め、契約し、引っ越し業者の予約もして、
親に1人暮らしをするといって5日後に家を出ていきました。

 


その3年後に結婚するのですが、
結婚式前日に家族で食事をした際、私が勝手に1人暮らしを決めてきたときはとてもショックだったといっていました。

「そんなに家が嫌だったのか」と悩んだりしたそうです。

 

当時私は最後の良心で「社会人になったのに実家に寄生するのはかっこ悪いから」と理由をつけてでていきましたが、
正直なところでは、「家にいるときくらい、ホッとしたい」という気持ちが強かったのは今も内緒です。

 

 

まだまだエピソードはあるのですが、とても長くなるのと、
この文章を書いていて昔を思い出し、とても疲れてきたのでいったんここまで。

私と同じように実母との関係性に戸惑いを感じている人がいたなら、
自分だけじゃないんだ!と少し気持ちが楽になっていただけたら幸いです。